「夢を追わない姿、勝利を追わない姿は見せたくない」
上の題字の言葉は、柴崎がCWC決勝のレアル・マドリード戦の前日の公式会見で残したコメントだ。そして、実際に彼は横浜国のピッチでそのコメント通りの姿を我々に見せてくれた。ただ、彼にとってそうしたことは常に当たり前のこととして存在していたのだろう。これまでの鹿島に在籍した6年間、彼は常に高みを見据え続ける求道者のようだった。
柴崎はプロ入り当初から意識の高さはすでに高いところにあった。高校2年生の段階で鹿島入りを決断。加入前年の宮崎キャンプから参加し、プロのレベルを肌で感じ、自身のレベルアップに繋げようとしていた。その姿勢はプロに入ってからも変わらない。プロ1年目の開幕当初は彼にとって初めてとも言える「試合に出られない時期」が続いたが、それでもこの時期にしっかりとプロで戦える身体づくりに着手。夏前には出場機会を増やし、小笠原満男、増田誓志、本田拓也、青木剛といった日本代表経験もある名だたるボランチ陣に割って入り、レギュラーの一角として存在感を放つようになり、チームのナビスコ杯優勝にも大きく貢献した。
その成長曲線の右肩上がりっぷりが止まることはなかった。主力の一角に成長した2年目の2012シーズンではシーズンを通してレギュラーとして活躍をつづけ、ナビスコ杯では決勝での2ゴールでMVPを獲得。チームの連覇に貢献した。その翌シーズン、翌々シーズンも活躍を続け、2014年にはついに日本代表に招集。そのデビュー戦でゴールを奪う鮮烈な活躍を残し、リーグではベストイレブンに選出されるなど、その活躍の度合いはもはや鹿島アントラーズというチームに留まらず、日本サッカー全体に広まるようになっていった。
ただ、そんな彼の成長曲線が必ずしもチームと噛み合っていたわけではなかった。成長を続ける柴崎を中心としたチーム作りを行っていた鹿島というチーム内で、柴崎にかかる負担は増し続けていった。そうした中でも、柴崎はそうした負担に向き合いつつ、ただストイックに自らの成長を追い求めていったのだが、そうした彼の成長に周りがついていけないこともあった。そうなると、ますます柴崎の依存度は高まっていく。チーム事情もあり、柴崎のプレーに輝きはあっても、チームとしての輝きが失われた試合が多くなっていった。
そうした中でチームは石井正忠への監督交代を決断。チームとしてベースが再び整理されたことにより、チームも柴崎も一層輝きが増すかに思われた。ただ、この頃から柴崎は調子を落とし始める。これまで通りの輝きを見せてくれるはずの試合もある反面、輝きを失った試合も増え始めパフォーマンスに波が生まれるようになったのである。こうしたこともあって、柴崎は日本代表からも遠ざかるようになり、目標だった海外挑戦もオファーが届かず実現しなかった。
そして迎えた昨季。一念発起して迎えたシーズンのはずだったが、柴崎に待っていたのは度重なる離脱だった。開幕前に虫垂炎を患い、なんとか開幕には間に合わせたもののなかなかコンディションが上がらず、さらに夏場から秋口にかけてもケガで離脱を繰り返し、決してフル稼働できたとは言えず、出場した試合でも貢献度の高さこそ光るものの、やはりパフォーマンスの波が消えることはなかった。チームは7年ぶりのリーグ優勝を果たしたものの、過去獲得してきたタイトルに比べると柴崎自身の貢献度はずいぶんと控えめなものだった。
それでも柴崎はそれでは終わらなかった。2016年12月18日、横浜国際総合競技場のピッチには光を放つ柴崎の姿があった。それも、欧州王者であるレアル・マドリードを相手にして。前半終了間際、PA内でこぼれ球を拾った柴崎はワンタッチでDFをかわすと、そのまま流れるように左足でシュート。ボールはGKのケイラー・ナバスの手をすり抜けゴールに吸い込まれ、その瞬間スタジアムは間違いなく歓喜と驚きに揺れた。それだけではない。後半にはパスを受けると、またも左足のシュートが針の穴を通すかの如くゴールネットに吸い込まれた。結局、チームは敗れ準優勝に終わったが、柴崎は自身の存在価値は間違いなくこの日、世界に示したのであった。
この活躍が柴崎を次のステージへと動かした。二転三転した移籍話は、スペイン2部のテネリフェへの移籍で落ち着いたようだ。無理もない。1年以上日本代表からも遠ざかっており、このところの個人の実績もあのCWCの活躍以外にインパクトのあるものは残せていない。目標である欧州挑戦を果たしたとはいえ、スタートラインは限りなく後ろの方だ。それでも、柴崎は歩みを止めずに走り続けるだろう。冒頭のコメントはレアル・マドリードを相手に限ったものではない。あのコメントこそが、柴崎岳の人生そのものなのだから。
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